振動人生記録 by gifdog97

情報学,音楽,秘境,旅

強い人々の集団に属するということ

自分は今主に二つの集団を軸に活動している。学科(理学部情報科学科)とオケのサークルである。この二つの集団は、自分にとっては「強い人々の集団」である。

 

恐らく学科の外にももっと情報科学に強い人々はいるだろう。オケのサークルなどはなおさらで、プロのオケなどとは比べ物にならないはずである。しかし、「強い」とは相対的なものであって、自分にとってはどちらも「強い人々の集団」である。

 

なんだかんだ言っても東大だから、学科には本当に優秀な人が集まっている。(本人たちは妙に卑下しているのだが、それは恐らく彼ら自身にとってさらに強い人々が別に存在するという話であろう。)また、オケの方には長くしっかりとレッスンを受けているような人が一定数存在する。こういう人がそこそこの人数いるのは、クラシックならではな気がする。そんな彼らに自分は到底敵いそうもないと感じ、一種の絶望を覚えたりもする。

ところで自分は民族音楽愛好会というところでフォルクローレもやっているが、実をいうと学生のフォルクローレ経験者と接した中でこのような絶望を目にしたことは無い。もちろん上手な人はいるのだが、「これはもう自分の手には負えない」みたいな絶望感を感じさせるほどの人は知らない(もちろんプロの演奏家の皆さんはそうなのだが)。

 

この差の原因は恐らく単純で、どれだけ時間をかけてきたかによるのだろう。クラシックの楽器はそれこそ小さい頃から習わされて嫌でもうまくなったりはする。自分もピアノを10年以上やっていたが、さすがにまあまあ弾けていた(もう何も出来ないけど)。

情報科学はそこまで小さい頃というのは考えずらいが、元々頭の良い人たちであるから、数年早く興味を持って取り組み始めただけで相当な差が生まれるのではないかと思う。ぶっちゃけ憶測だけど、そんなに間違いではないと思う*1

フォルクはほとんどの人が大学スタートであるから、普通は実力に圧倒的な差が生まれたりはしない。(某中高出身者はやはり上手いが…。)

 

あまり絶望とかいうとめちゃくちゃ悪い感じがするのだが、決してそうではなくて、間違いなく良い刺激になっている。この世にはこのような人が存在するのか、凄いなという気持ちになって、彼らほどでなくても、自分もそれくらいを目指して頑張りたいというモチベにもなる。しかし、さりとて絶望、ぶっちゃけ辛いことの方がだいぶ多いのである。ちょっとやそっと頑張ったところで1ミリも近づきやしないし、自分の不甲斐なさにしんどい気持ちになったりする。

このような絶望を前にして自分はどうあるべきなのかということを真剣に考えさせられたりする。「自分が楽しいように出来れば良いのだ」というのが模範解答のような気がするが、自分はまだこれを解答と思えない。正直言ってまだまだ自分は不自由で、楽しいように出来ないのだ。これは今まできちんと時間をかけてオケや勉強に向き合ってこなかったツケであり、これから先多少なりとも苦しい思いをしてなんとかしなくてはならない部分だと思う。

 

なんだか苦しみの記事みたいになってしまったが、不自由でも憧れは常にあるし、ほんの少しでも自分に出来ることが増えたり、オケだったら人と合わせたりするのはやっぱり楽しいのである。だから続けていられるし、これから先凄く楽しみでもある。

当分は強い人々の中で自分が何を出来るのかということをぼんやりと考えつつ、真摯に時間をかけて取り組み、ちょっとずつでも憧れに近づくことを、苦しみながらも楽しんでいければたぶん良いんだと思う。

 

(ふわふわした記事であった)

 

*1:ちなみに別に昔からプログラミングとかやってたわけではないけど強い人もいて、それは単純にめちゃくちゃ頭が良いだけである。それはもうどうしようもないし完全なる絶望しか生まれない。